納得の契約をするには賃貸物件情報の収集ブログ:17-9-12


おいらは老舗の料理屋の三代目として生まれた。

父親もお母さんも仕事に忙しく、
公私をきちっと分けるために、
息子はお手伝いさんに任せて一切口出ししなかった。

普段は生活も別で、
お手伝いのおばちゃんといもうとと3人でごはんを食べていたから、
ごく普通の食べる事だったと思う。

だから、お母さんの手作り料理は皆無に近い。
強いてお母さんの味といえば、日曜日の「スパゲッティ」。
ケチャップで炒めて、赤いウィンナーの入ったいわゆるナポリタン。

あとは、遠足の日の「炒り卵のり巻き」。
卵に砂糖と塩を入れてサササッと炒り卵を作り、
それをごはんにスパーッとかけてのりでスススッと巻けば出来上がり。
だから、弁当を開けると炒り卵のり巻きだけ…

でも、
特別な日に作ってくれたということはよく覚えている。
忙しいお母さんにとって、それが息子への精一杯だったのだ。

よくおやつにチキンラーメンを食べた。
お湯をかけて、フタを開けたらできているので最初はびっくり!

小学生の時おいしくておいしくて、
毎日食べて肥満体気味になったこともある。

近くの駄菓子屋でも、よくスナック菓子を買い食いしたものだ。

夕になると、
チリンチリン…という鐘を鳴らしながら
やってくるおでんの屋台で、
いもうとと二人、串を買って立ち食いしたのを思い出す。

よそのお母さんたちが
鍋やボウルを抱えて買いに来ている横で
息子が買い食いしているのは、ちょっと悲しくなつかしい記憶。

だめだよっと言われても食べていたのは、
やっぱり両親の目がなかったから…

料理屋って
両親と一緒にいられないんだなぁ…と
しみじみ寂しく感じることもあった。


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